まさひろ林檎園の紹介

まさひろ林檎園は、岩木山麓の東側にあり昼と夜の寒暖の差が美味しいりんごへ育ててくれます。

また、青森県の中でも津軽地域の狭い範囲にりんご園が密集した地形は、世界的にも類を見ない

りんごの一大産地となっています。

特に、青森県の中でも弘前市はりんごの産地としては最高の立地条件となり、美味しいりんごが

出来る産地として全国的にも有名です。

そんな地域に「まさひろ林檎園」はあります。






〒036-8303 
青森県弘前市前坂字船山100-1 

合同会社パープルウィンドウ まさひろ林檎園

代表社員 工藤昌弘

電話番号: 0172-99-1135 FAX: 0172-99-1136


栽培面積:りんご   674a(平成29年)  年間生産量  約96トン(平成26年度)

     にんにく  40a  

     東京ドーム5.2個分



  まさひろ林檎園(自宅)を地図で見る→ 地図

  りんご園は2017年現在(全園地)10ヶ所に分布していて、災害時(台風、霜、ヒョウ)にリスク分散となり

  1991年9月28日、台風19号の時もこの園地分散で被害を分散出来ました。


会社概要


2002年4月 まさひろ林檎園の後継者として就農 栽培面積:りんご150a 米50a



2005年4月 まさひろ林檎園個人事業主として父から継承



2012年3月 米の作付を止め、りんご園地を370aに拡大



2013年2月 2月14日合同会社パープルウィンドウを設立し代表に就任



2015年4月 りんご園地を420aに拡大

      この年から、にんにく栽培も始める(10a)



2016年4月 りんご園地を更に140a拡大し560aになる

      にんにく栽培を40aに拡大、洋梨20a栽培開始



2017年4月 りんご園地を更に114a拡大し674aとなる

   

2018年4月 拡大した土地148aにりんごの苗木を新植、16aに白桃を新植予定

   





まさひろ林檎園の歴史


私の祖父の代から、この弘前市でりんご栽培に取り組み、山林を開拓しりんごの苗木を

植え、りんごを栽培し始めたのが、祖父の熊五郎です。



「まさひろ」は幼いですが、祖父の熊五郎は若いです。まだ60歳くらいかな?(昭和48年頃)





私、まさひろは5歳くらいだと思います。

たぶん、弘前公園の桜祭りだと思います。

古い写真が無く、この写真でご勘弁を!



 真中が祖父の熊五郎です。







こんな感じで作業しています。

写真に写っているのは、誰かは分かりませんが、雪が解けた園地で剪定した枝を

拾っている風景です。

時代が古くて写真がなかなか見つかりませんでした。



父の富夫と、母のヤサの写真です。



 

父と母の作業風景です。

父の容姿が私にそっくりです。自分が見ても似ていると思いますよ!

やはり親子ですね!





父も今では年老いてしまい、髪も白髪だらけになってしまいました。

昭和3年11月4日生まれ





私(まさひろ)は、昭和43年2月3日に生まれました。





私もすくすく育ちました。

私は小さい頃から家の手伝いが嫌いで、高校生のころは休みの日には

親から逃げて遊び回っていました。

そんな私も高校卒業を控え将来の事を考え始め、いずれ親の家業である

農業を継ぐのかと思い、青森県営農大学校の果樹課へ進学をし果樹につ

いて勉強をしました。





でも、まだまだ遊びたい盛りで大学校を卒業後、埼玉県の某運送会社へ

就職する事になり上京しました。

親もまだ若いし、外で社会勉強を兼ねお金の貯められる会社へ就職を決めました。







運送業の仕事仲間から今の奥さんである由起子を紹介され交際スタート、

上京1年で結婚する事になりました。

その1年後、長女が生まれました。

私達の結婚した年に、あの台風19号がやってきたんですよ!









1991年(平成3年)6月8日の披露宴です。







平成3年10月24日 長女誕生





平成7年11月17日次女誕生





平成9年12月8日長男誕生





夫婦生活の中には色々と問題ごともありましたが、そんな中でも子供たちは健康に育ちました。

ミッキーとの写真は2000年9月4日だと思います。











そんな順調な私たちに、ついに青森へ戻らなければならない時がやってきました。

妻の由起子には、「騙された」とか、「詐欺じゃん」とかさんざん言われましたが、弘前へ

ついてきてくれた事へは深く感謝しています。「ありがとう、由起子!」





弘前へ帰るきっかけとなったのは、

親父から母がガンだと知らされ、一旦、私は青森へ帰省し母の状況を聞かされました。

病院へ行き、先生から病状を聞かされた時、愕然としました。



それは、余命1年と宣告されたからです。

ガンの発見が遅れ末期のガンに侵されていたのです。

胃に腫瘍が見つかり、リンパに転移していました。

母には、とうてい言える訳もなく、すぐに良くなるよと言い続けました。



急きょ母の病気の事もあり、親父1人では農業をやることは無理だと判断し、

田舎の弘前へは、平成14年4月に戻る事となったんです。



その後、母の看病のかいもなく同年12月永眠する事となりました。

やはり、母の死というものは辛いものです。今でも思い出すと涙が止まりません。

もっと早く親元に帰り、親孝行すれば良かったと、悔やんでも悔やみきれません。



「親孝行したい時に親はなし」とは良く言ったものです!









親父と共にりんご作りに精を出し、この頃からネット販売をやろうと思いホームページを

立ち上げました。



そんな中、東京の大手の会社だと名乗り、取引をしたいと連絡がありました。

私は大口の取引が出来ると喜びました。

その会社にりんごを梱包した段ボールを何百箱も送ったのです。

支払いは末締めの翌末振込との事でしたが、私は大金が入ると思い込んでいたんですが、

人を疑う事を知らない私には、到底考える事の出来ない出来事が起きたのです。



詐欺です!そう詐欺にあったのです。

それも400万円に近い商品を(りんご)をやられたのです。

取り込み詐欺と知った時には既に遅かったのです!



どうにもなりませんでした。

結局犯人も捕まらずじまいで。





でも私は、騙された事にもめげずに一生懸命仕事を頑張りました。

子供たちや家族にために、頑張ってきました。

でも、また!・・・あの手この手で・・・詐欺グループは騙してきたのです。



今迄に、3回もの詐欺にあっています。内容は長くなるので省きます。

もう、詐欺には会いたくないです!



私たちは生きる為に、りんごを作りりんごを売って生活しているだけなのに!

詐欺に会うなんて思いもよらず、自分を責めました。

人を見抜く力がないから、人が良すぎるから、自分が被害を受けるのです!







こんな感じで人生色々とありましたが、やはり家族の大切さと

人の親切さや人情に感謝しながら生きております。



















こんな私たちですが、りんごに掛ける思いは熱い物があります。



祖父の代、父の代、私の代とりんご作り80余年の熱い思いを受け取って下さい。

そして4代目の息子に受継いでもらいたい!


何より、母の病気(ガン)にしろ、食べ物によっ起こる病気が、現代社会では当たり前に

なっています。

現に、小学生でも糖尿病になっている患者さんもいます。

現代病の多くの原因は、全て食べ物が原因と私は考えます。



「小児ぜんそく」も小さい頃から果物を摂取していれば、ぜんそくになる割合が減るとの

報告もされているとか。



私は、農薬を減らし化学肥料を使わない、人や環境に配慮し


「人に感動を与える美味しいりんご」


を届けたい一心で、りんごを作っています。




子供たちに安全で美味しい物を食べさせたい!

そして、その食べ物で健康になってもらいたい!




ただそれだけです!